「あの日見た花の名前を僕たちはまだ知らない」の映画版がドコモアニメストアに来ていたので途中まで観たところで考えてしまったのは、日本古来の死生観と仏教的死生観との齟齬についてである。
仏教伝来前の日本人の死生観は、死者と生者の世界は分かたれておらず、死者は生者とともにあった。
古来の日本人の大多数を占めていた農民は死者の魂は山に集うと考えた。それが決められた時期になると山を下りてきて子孫のもてなしを受け、「田の神」となり、また時期が来ると山へ帰っていき「山の神」となるとした(この場合の「神」はもちろん一神教のGODではなく、精霊と言った方が近い)。これを仏教が取り込んで制度化したのがお盆である。お盆思想と仏教思想が矛盾しているのはこのためである。お盆は本来仏教行事ではないのだ。
お盆になる前、山の神が降りてくるのは田植えの時期である春で、山に帰るのは稲刈りを終えた秋であった。これと密接に結びついているのが実は妖怪の河童なのだが、これはこの際関係ないので省く。

ともかく日本古来の死生観では死者は生者と同じ世界を生き、死者の魂は生者を見守っているのだ。
死ぬと三途の川を渡り閻魔王庁で裁きを受け、六道を輪廻する仏教的死生観とは大きく隔たりがある。

じんたんの元をめんまの霊が訪れ、ぽっぽがそれを信じた。ぽっぽは「めんまはこの世になにか心残りがあって成仏できないのではないか」というようなことを、神仏を拝むように合掌を交えて言った。これにはめんま本人も「わかんないよぉ」と言って戸惑いを見せたわけだが、このシーンに違和感をおぼえたのは小生だけではないと思う。あのように親しかった仲間を神仏のごとくに見なし、自分らとは違う世界に住む異人として扱うぽっぽに引っかかりを感じた人は多いのではないだろうか。
これが日本的死生観と仏教的死生観との齟齬である。現代日本においてはどちらかと言えば後者の方が影響力が強いため、ぽっぽの言動も無理もない。死んでしまっためんまは生者である彼らとは別の存在であり、有り体に言えば「除け者」だ。かつてのめんまが学校ではぼっちであり、超平和バスターズに誘われることでそれが回避されたわけだが、死んだことで再びぼっち化してしまったわけだ。
このシーンに違和感を感じたということは、日本人は完全に仏教的死生観に染まりきっているわけではなく、古来の死生観が原風景として心に根付いているのである。だからこそそこに齟齬が生じるわけだ。

幽霊、とりわけ地縛霊などは仏教思想で考えるから恐ろしいのであって、日本的思想で考えれば居て当たり前、なにも怖いことなどないのである。そういえばオカルト話などでは家族や恋人、友人などの霊に震え上がり怪談とすることもしばしであり、小生も度々疑問に思ってきた。そういった人の霊に会えるのならこんなに嬉しいことはないだろうに・・・。

日本的死生観が素晴らしくて仏教的死生観がダメだと言うのではない。仏教的死生観はインドの厳しい環境だからこそ馴染んだのかもしれない。人が死にやすい環境だから死者との決別に感傷的にならず、別の世界に行ったのだというあきらめをもたらすのが慈悲だったかもしれない。
「あの花」は最終的にめんまの願いを叶えることで満足し、成仏(=彼らの前から消え去った)した(エンジェルビーツにも通じる)。これは仏教的死生観だからこそ成し得た大団円であり、死者が常に共にある日本的死生観では出来なかった。彼らが寺を遊び場にしていたのはそのことの暗喩であろうか(子供の遊び場としては神社の方が自然である)。
こうして見ると日本的思想は生者のための、仏教的思想は死者のための思想、と言えなくもない。
ただし日本の祖霊信仰では、山に集った死者の魂はある一定期間(50年、33年、30年と地方により異なる)を過ぎると個性を失い「祖霊」という単一の存在に合一されるため、これが「成仏」と言えなくもない。昔の平均寿命を考えたらそれくらいの時間が過ぎればその死者を知っている人もいなくなるであろうし、合理的なシステムではある。