Kindle小説『ロリコン探偵仁とニック』
表紙
トトロ二次創作小説
となりの子取ろ(pixiv)
表紙

読者諸兄はうんこを描けと言われたらどのような絵を描くであろうか。
恐らくは下図のような描画をするに違いない。


うんこ

いわゆる巻きグソである。
段数に個人差はあれど、恐らく日本人の大半はうんこと言えばこれを描くのではないだろうか。
多分に漫画的表現であり、漫画大国日本ならではの現象であると言える。
こちらを参照する限り、日本の漫画を知らない外国人にはこれがうんこだという思想はないようである。

しかし実際にはこのようなソフトクリームのような見事な巻きグソは有り得ない。
現実で見たことがあるという者は皆無であろう。
しかしながら人びとはこれをうんこだとして受け入れているのである。

ではこの漫画における巻きグソの表現はどこから出たのであろう。
いくら漫画とは言えクソを巻くという発想はファンキーすぎる。

そこで小生が思ったのは、実はこれは巻きグソではないのではないだろうか。
まず、下図のような糞が出る。

うんこ1

そして次に二段目が出る。

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このようにして鏡餅のように平たいうんこが重なっていったのではないだろうか。
とすればうんこを生命の誕生とみなし、鏡餅はそのうんこを模することで子孫繁栄、子宝を願う意味合いがあったという可能性も出てくる。

うんこをすればするほど体内のうんこ残量も減っていくため出てくるうんこも次第に小さいものとなるので、つじつまは合う。


unko3
こうして三段も重なれば巻きグソのようになるではないか。
小生にはこの「積み上げ式」の方が現実的に思える。

ちなみに海外にも巻きグソが描かれた例がある。
300~400年ほど前のフランスの版画だそうである。

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しかしこれも巻いているというよりは「積み上げ式」として考えた方が自然ではないだろうか。

小生はうんこの専門家ではないのであくまで素人の推論にしか過ぎない。
どなたか識者の教授を願いたいものである。









うんこ絵描画にはCLIP STUDIO PAINT PROの水ペンブラシを使用しました。
これなかなかいいですね。


去る2017年4月22日に函館五稜郭にオープンしたシエスタ函館
その4階がGスクエアです。
ここにある「多目的室」がホームページによると防音室で録音ができるとあったので、パソコンにDAWは入っているのか、オーディオインターフェイスはあるのか等を担当者にメールで訊いてみました。

すると、DAWは入っていない。フォトショエレメンツとプレミアエレメンツが入っているといいます。
えと……それでどうやって録音するんだろう。
画像編集ソフトと動画編集ソフトがあっても録音出来ない気がするのですが。
それもいずれもエレメンツと言うところを見ると予算は少ないようです。

なのでStudio Oneのフリー版があるのでそれをインストしてもらえないかとメールしました。
結局はStudio OneではなくCubase9 AIを入れてもらえました。ぼくはcubase使いなのでその方が使い勝手が良いでしょう。
今回の目的はラップの録音で、トラック(オケ)は自宅でつくったものをWAVにしてUSBメモリーに入れて持っていきます。
しかし先方に置いてあるパソコンはiMacで、ぼくはwindowsしか使ったことのない雑魚なので未知すぎます。念のためDVD-Rにも入れていきました。

備え付けのマイク、ヘッドホン、オーディオインターフェイスはこちらです。
3つ合わせて2~3万の代物なので自前のマイクとインターフェイスを持っていくことにしました。
やはり安物だと音質面やレイテンシーが不安です。ぼくの持っているのもマイクはAKG C414-XLIIでインターフェイスがsteinbergのUR22なので大したものではありませんが、備え付けのものよりはだいぶ良いので。

旅行用トランクにそれらを詰め、JRと市電を乗り継ぎ。駐車場がないので自動車で行けないのがちと不便です。

函館駅前から湯ノ川行きの市電に乗り、五稜郭前で降りたらすぐ目の前にシエスタ函館がありました。
4階のカウンターに行き、あらかじめ予約していたので名前を告げると書類に名前やら住所やらを書かされ、料金を支払い。料金システムは何時に行ってそこから1時間というようなものではなく、

0-12時 12-15時 15-18時 18-21時

という区分けされた時間帯にごとの料金になっております。
12時から15時の間までは1200円で、12時に行こうが14時に行こうが15時まで利用できます。
つまり最大3時間利用できて1200円なのでかなり安い。30歳未満の方だと半額になります。

詳しくは公式HPを。
ぼくが着いたのは13時40分くらいだったので1時間ちょっとしかありません。

それ+、施設内の機材使用料が600円。前述のマイク類やパソコンなど全部ひっくるめて600円です。
録音目的なのでパソコンを使わなければならないのでこれも支払います。

そしていよいよ多目的室へ行くと、その部屋の前に「○○(ぼくの名前)様」というような立て札が立っていました。宴会会場みたいに予約者名がここに掲げられるようです。

部屋の広さは10畳くらいでしょうかね。
奥の方に壁際に長いテーブルがあって、その上にiMacのモニターが(画像撮り忘れました)。
……ん? パソコン本体はどこだ?

UR22をUSBでつながなければならないわけだが……。
なんと、このディスプレイが本体と一体化しているとな!

IMAC



こんな薄いのに?
林檎すげえええええええええ!!!!

などと心の中でwindows厨の雄叫びを上げつつ、クールにインターフェイスをつなげます。
ドライバをインストールしなければならないのでsafariを立ち上げるも……?

インターネットに接続されていませんと。
まだ部屋にいた従業員さんに設定してもらい、つなげてもらいました。
その際にgoogleにつないでいて、Macでsafariなのにgoogleというのがなんとも「ねじれ国会」って感じでした。

steinbergのサイトに行き無事ドライバをインストール。ログインしなくてもダウンロード出来るんですね。初めて知った。

デフォではiMac本体から音が出るようになっていたので、インターフェイス経由のヘッドホンから出るようにデバイス設定。これは難なくできました。むしろwindowsよりわかりやすかった……。

しかしマウスが使いづらい。設定が悪いのかマウスカーソルの動きが悪い。ぼくが普段トラックボールを使っているというのもありましょうが、まあこれは慣れるしかないでしょう。

cubaseを立ち上げ、USBメモリーからトラックデータを読み込むのも難なくできました。
だが何故か右クリックがきかない。cubase9の仕様なのかMac特有のなにかなのかはわかりませんが、ウチのcubaseでは右クリで出来た操作がまったくできません。なので右クリ無しでの操作となって大変不便でした。

マイクスタンドも卓上のものではなく普通の立って使うものを借りられました。
それにマイク設置しインターフェイスとつなぐ。
音も無事にcubaseに入りました。

なのでラップを収録。

……窓の外を歩くお客さんがこっちを見てくるのが非常に気になります。
窓側に向けてマイクを設置していたので年寄りたちが「なにやってんだこいつ」みたいな顔で見てくるのがなんとも羞恥プレイです。
このときぼくはかなり激しいハーコーラップを収録していたのでマキシマムザ亮君さんみたいな顔になっていたと思いますが……。

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なので壁側に置き直してラップ収録。
少し「部屋鳴り」が入っているような気が。
レコーディングにおいては、残響音がつかないように録らねばならず、部屋の響きも録れてしまうのはNGです。壁を見ても吸音材(防音材ではない)が入ってるのかどうかぼくにはわかりません。
せめてカーテンを壁際にかけてあれば響きは防げるのですが。

ラップ収録を続けていると体温が上がり暑くなってきます。
パーカーを脱ぎTシャツになるも、音を拾ってしまうのでエアコンはかけられません。

まあとにかくラップ収録を終え、WAVに書き出してUSBメモリに保存。Macで日本語ネームをつけてしまうとwindowsでは文字化けしてしまうそうなので英数字でファイルネームをつけました。
デフォでは書き出し設定が32bitになっていたので16bitに変えて……これでいいんだよな……?

そうして片付けをしたらちょうどお時間となりました。
スタッフの人が来て、備え付けの道具類はそのままで良いとのことです。

スタッフ「どうでした」
ぼく「Windowsしか使ったことないんでMacはむずかしいですね(外交用スマイル)」
スタッフ「ぼくたちもなんですよ」

家に帰ってきてから愛しのwindows7パソコンで、収録したラップのwavをcubaseに無事取り込めました。
残響音に関しては気のせいか或いは気にしなくてもいいレベルだと思います。自宅で録ったラップとも違和感ありません。
これがラップではなくボーカルだとまた違うのかも知れませんが。

というわけで無事ラップ収録は出来ました。
函館にはレコーディングスタジオがないので、これは貴重かも知れません。
宅録だとどうしても回りを気にして声を抑えてしまいがちですが、ここならいくらでも怒鳴れます。

ただ楽器の練習に使えるとありますが、ギターやベースのアンプが置いてあるわけではないので、アコギやバイオリンと言ったアコースティック楽器ならいけるといったところでしょう。


もしここでボーカルレコーディングをしてみたいけど機材がよくわからない、と言う方がおられましたらお付き合いします。

まずは相談ください→twitter


女性ボーカルを募集します。
歌っていただくのは以下の2曲です。

■幼児虐待





■HOKKAIDO LOVE



作品はアルバムに収録され、itunesを始めとした各種音楽配信サイト、並びにAmazonでのCD販売が予定されております。歌唱者さんの名前もfeat.としてクレジットさせていただきます。

両方ともフック(サビ)の8小節を歌っていただきます。
「幼児虐待」はメロとハモりを、「HOKKAIDO LOVE」はメロのみを2回重ねて歌っていただきます。
DTM環境にある方は音声ファイルを送って下さい。
WAVで(44.1khz、16bit)です。

DTM環境にない方は函館並びにその近郊にて収録いたします。
応募された方が必ず採用されるわけではありません。精査の上不採用にさせていただくこともあります。

謝礼は各種プリカコード並びに現金で6000円です。
内訳は「幼児虐待」が単独歌唱なので5000円、「HOKKAIDO LOVE」は複数の方の歌を重ねるので1000円です。

連絡先
Twitter
LINE ID:gangsta.t

ご質問等ございましたらお気軽にお願い致します。



過日、なんとも悪趣味なテレビ番組を目にした。小生自身はテレビを観ないのだが、夕食時に家族と食卓を囲む際に強制的に見せられることになるのである。

その番組では日本の寿司職人や蕎麦職人などが身分を隠し、アフリカの(国名は失念)寿司や蕎麦を供する飲食店へ「修行」をしに行くというものであった。
当該店での寿司のつくりかたはなんとも個性的で、日本人から見たら寿司であるとは首肯出来かねる代物で、まったくの別物と言っても過言ではないものであった。
それを面白おかしくナレーションで煽り立て、 現地の寿司職人をこき下ろし、笑いものにしているのである。
小生は日本人というものは斯くも醜いものであったかと愕然とした。

日本人自身、世界各国の料理はもちろんのことあらゆる文化を日本化し、土着化し、変形(どうかhengyouと発音してください)させて取り入れてきたのである。今小生が書き読者諸兄が読んでいるこの漢字かな混じりの文章が既にその例である。
そういったものには本場の国の者が見たら卒倒するような代物もあるに違いない。自国の食文化に誇りを持っていることで有名なイタリア人から見たら日本独自のナポリタンなるものはひどく珍奇に映ることであろう。インドにカレーを米にかける風習などないし、エビチリは四川料理をもとに陳建民が日本人向けにアレンジしたものである。

己は世界中の食文化を変形し日本化しているのに、日本食を現地人向けにアレンジするのは許さないのだという。
アメリカのグローバリズムとなにが違うというのだ。
アメリカのそれは政治経済での面が主だが、こっちは文化の面で「民」がやっているのだからなおさらたちが悪い。

国や地域が違えば食の好みが違うのも当然。だからこそ日本人は外国の食物を日本風にしてきたのではないか。それと同じことをアフリカ人が行うのも当然であろう。アフリカ人の口に合うように変容させるのを許さぬとはなんという原理主義者か。これでは形を変えたISISである。

イタリア人やインド人が日本独自に変わった母国料理を見てケチをつけるであろうか。内心では小馬鹿にはしているかも知れぬが、わざわざ地球の裏側にまで行ってテレビに映して笑いものにするような悪趣味なことはしないだろう。実際イタリア人のナポリタンに対する反応は極めて理解力のあるものである。

現地の事情や好みなど鑑みることなく、日本食はこうでなくてはならないと押しつける。そんなものは日本文化を広めたとは言わない。文化がコピーされたみたいに伝わることなどないのは文化人類学や民俗学に少しでも触れたことがある者なら周知の事実だろう。古代支那の笙という楽器がユーラシア大陸の西端に伝わってパイプオルガンとなったのだ。少しずつ変容し、グラデーションのようにして伝わり広まるのである。

日本文化はそんな偏狭で原理主義じみたものではないと信ずる。多様性を許容し、他者を認める寛容こそが日本文化だと思いたい。

日本文化がアレンジされて世界を席巻した例にブラジリアン柔術がある。
ブラジルは元々日系人が多いせいか柔道が盛んであったが、木村政彦とエリオ・グレイシーがブラジルで柔道の試合をし、死闘の結果木村が腕がらみ(アームロック。ブラジルでは「キムラロック」「キムラ」と呼ばれることも)で勝利した。
これを機にエリオは寝技を徹底研究し、柔道とは異なるグレイシー柔術を大成し、これがのちのブラジリアン柔術となる。投げを重視する柔道と違い、ブラジリアン柔術は寝技で決着がつく。技を決めて相手にギブアップさせて一本とるか点数による判定であるが、これが総合格闘技の礎となり、世界中の軍隊で採用され、ロシアではサンボという競技の元となった。まさに日本の柔道がブラジルでアレンジされて世界のスタンダートとなったのである。

寿司も蕎麦も現地にあった変容を遂げて良い。
文化はスタイルではなく魂である。


 

去る2016年4月~6月にかけてノイタミナで放送されていたアニメ「甲鉄城のカバネリ」。
人物の顔の影が二種類使われているとか、キャラの「メイクアップ」専門のスタッフがいたとか特筆すべき点はいくらもあるが、その辺は他所でも散々口の端に上っているのでそこは敢えて触れない。

小生はこの作品を現代の緊迫した世界情勢と重ね合わせて見ていた。

カバネ=テロリスト
人間=キリスト教徒の欧米人

というような図式に見えたのである。ではそのどちらでもないカバネリはというと、これは一般イスラム教徒なのだ。
キリスト教徒ではない。かといってテロとも無関係の善良なイスラム教徒。
作品のOPでの「貴様は人か、カバネリか!?」という 問いに対し生駒は「どちらでもない、俺はカバネリだ!」と言い放つ。
「貴様はキリスト教徒か、テロリストか!?」という問いに対して「どちらでもない、俺はイスラム教徒だ!」と言っているように見えて小生は一抹の希望を見た気がした。これだけテロが頻発している欧米において、「イスラム教徒だ」と胸を張って言っていいのだと。

作品冒頭では「武士」たちによる横暴とも言えるカバネ対策が描かれる。少しでもカバネに噛まれた可能性のある者を排除するのはまあ当然かもしれないが、それが高じてまったく無関係な人間まで殺してしまい、しかもそれをまったく恥じることもない。つい生駒も声を上げて抗議する。

これはテロリストを恐れるあまり一般イスラム教徒を殺してしまったということである。

そこにきて生駒や無名といった第三者的立場の「カバネリ」が甲鉄城に現われるわけだが、彼らは人間とともにカバネと闘うことで敵ではなく味方だということを示し、徐々に信頼を置かれるようになる。
現実においても一般イスラム教徒はテロリストをイスラムの敵だとし、イスラムとは無関係だと主張している。

カバネリの食糧問題(人間の血を吸わなければならない問題)も各人が血を提供するというかたち解決にいたる。

わかり合えたのだ。
敵ではないことがわかり、肉体的特徴以外は自分ら人間とかわらないことがわかり、協力し合えることがわかった。
こうして良好な関係を築き上げたかに見えた人間とカバネリであるが、事態は急変する。

美馬様の登場である。
美馬は人工的にカバネリをつくりだし、意のままに操る。無名もアニサマと呼び慕い、美馬のすることは全て正しい状態である。あ、こりゃホストに貢ぐタイプだなと思ってこんな絵を描いてしまった。

無名ホスト2

無名は美馬のまさにテロリズムと言うべき恐ろしい所業に手を貸してしまう。

昨今欧米ではテロのパンデミック状態の様相を呈しているが、直近の事件の特徴はISISなどの集団とはつながりのないイスラム教徒が、彼らの影響を受けて独自に犯行に及んでいるという点である。
これは非常にまずい事態で、一般イスラム教徒もテロリストになるではないかということになる。
美馬に手を貸した無名も「やっぱりカバネだ」ということになってしまう。

この辺りはアニメでは割と投げっぱなし感があって、最終回では当たり前のように無名は甲鉄城の面々に受け入れられて終わる。

とは言え最終回での美馬の台詞
「人間は臆病な生き物だ。怖いから拒絶し、理解できないから攻撃する。人の臆病が戦いを生むのだ」はまさにこの世界情勢を言い表しているし(それだけではなく世代間闘争にも言える)、
菖蒲様の
「銃を向ける相手を間違ってはなりません。打ち抜くべきは互いを疑う心です」が本作品の核であり、世界へのメッセージである。これがなければ菖蒲様は何しに出てきたレベルの無能キャラで終わるところだった。

「異種間の共存」が小生の大きな文学的テーマであるので、本作はそう言った意味でも大いに刺激になった。













いやね、とにかくね、無名がかわいいんだよ。
蹴ってくれるしね。
だけど11話冒頭観てすっかり鰍派になってしまった。

ボンちゃんと畠中のラジオカバネリツアーズも最高に面白かった。 

この度Amazonの電子書籍Kindleにて『ロリコン探偵仁とニック』をリリースいたしました。
今回はその制作について書いてみたいと思います。

本作は集英社の小説賞に応募して無事落選したものなので原稿自体は出来上がっておりました。電子書籍として発売するに当たってTwitterの知り合いにも読んでもらい、もう一度推敲しました。

電子書籍を販売するにはepubというファイル形式で保存する必要があります。koboにしろBW(BOOK★WALKER)にしろ、epubでアップすることになります。
kindleの場合はmobiという独自の形式なのですが、epubをアップすれば自動でmobiに変換してくれるので、いずれにせよepubで出力する必要があります。
小生は一太郎を使っているのでepubもmobiも一発で保存することができます。小生はソースコードを書くような技量は無いので、一太郎様々といった趣です。ATOKも優秀ですし、作家なら一太郎を使うべきだと思います。

さてそうして原稿の方は準備万端出来ましたが、今回は表紙ならびに挿絵を導入することになります。
絵師に頼むとなると幾らになるか想像も付きません。
なので自分で描くことにしました。絵に関してはずぶの素人ですが、小説に音楽にとマルチな才能を持つ小生なのでイケるだろうと思い、今年の1月からNexus7とメディバンペイントで練習し始め、3月からペンタブとクリスタを導入して挿絵を描き始めました。練習し始めてからわずか3ヶ月です。

それからの小生の創作意欲は目を見張るものがあり、二日に一枚のペースで絵を描き上げました。一日で描いたものもあります。背景は描けないのでクリスタやネット上の無償有償のフリー素材を駆使してコラージュし、自分で撮った実写画像を使ったりしました。
そうした絵描き作業は実に楽しいものでした。小説を書くのは苦痛ですが、絵を描くのは楽しかったです(笑)
結局14枚の挿絵をフルカラーで描きました。商業ラノベでは出来ない真似です。

そうして描いた絵を一太郎の文書内に貼り付けます。350dpiの2000×2700で描いていた元絵は2MBとかあるのですが、そのままだと重すぎるので、一太郎の機能で軽くします。150dpiとかにすると数十KBまで落とせるのですが、画像劣化はほとんど感じませんでした。さすがに72dpiまでいくと劣化がはっきりわかります。
あと一太郎の画像フィルター機能がかなり使えることに気付きました。別に小生は一太郎の回し者でもなんでもありませんが(笑)

挿絵も入れて目次リンクもつくっていざepub出力。それをGoogleドライブに上げて、スマホやタブレットでチェックしていたら困ったことが生じました。
画像が表示されないのです。画像のあったページがまったくの空白状態になるのです。
これは何故なんだとしばし悶絶。そしてふと思ったのが、画像枠が大きすぎるのではないかと。
一太郎ではクリックとドラッグで画像を大きくしたり小さくしたり出来るのですが、小生は最大限にまで大きくしていたのです。それを小さくして再びチェックしてみるとドンピシャで画像が表示されるようになりました。
が、まだ問題があります。

スマホ(xperiaZ3conpact)だとこのように表示されるのですが、
IMG_20160428_022510

画面の大きいNexus7だとこのように。IMG_20160428_022520

アイヤーwwwwwwwwwwwwww

これにもしばし懊悩としましたが、自力ではどうすることもできずに泣きついたのが自称電子書籍界のアイドル、電書ちゃん様です。

電書ちゃん様は実に親身になってくれて、色々と指示を出してくれました。epubファイルをzipに変え、解凍するとこのようなフォルダになるのには吃驚いたしました。
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SnapCrab_OEBPS_2016-4-28_2-37-31_No-00

そうして指示を受けながらあれこれしていたのですが埒が明かず、電書ちゃん様は「この駄犬!」とご褒美をくれ、ファイルを送るように命じ、自らソースコードを修正して送り返してくれたのです。なんという女神でしょう。

そうしていただいたepubはばっちり、どちらの端末でも正常に表示されました。
電書ちゃん 有能 天才 天使 かわいい 貧乳

ついでではありませんが電書ちゃんのうたつくりました。



その後文章を直したため再度epubを出力し、自分でソースをいじったところまたしてもとんでもなく表示が崩れるという事態が生じてまたしても電書ちゃん様に頼る羽目に。ほんとこの駄目犬はどうしようもない……。
画像を扱う作品の場合は非常にめんどくさいです。

そうしてどうにかこうにかちゃんと表示されるepubをこしらえたのですが、epubだと3MB台だったサイズがmobiに変換してみるとなぜか8MB台に。これでは大きすぎます。しかし原因がわからないので仕方なくKindleに上げる作業に。

そうして必要事項を入力し、epubも上げてみると、「変換後のファイルサイズ1.9MB」などと表示されました。

なんでやねん

逆に小さすぎるだろ……。

Kindleの場合これに表紙画像をあとからアップするのですが、それを足しても異常に小さすぎる。
一抹の不安を感じながらも登録をすませ、あとは審査を待つだけ。
審査には2~3日かかるとありますが、寝て起きたら審査がすんで販売が開始されておりました。
結局容量は7MB台になっていてわけがわかりません。

今回はKDPセレクトに登録しました。これに登録すると印税が70%になる(通常は35%)のですが、他の電子書籍販売サイトで売ることができない、ブログ等で同じものを載せることが出来なくなります。ですが無料キャンペーンをするにはこれに登録しなければならず、無料キャンペーンをやりたかったので登録しました。

無料キャンペーン登録すると次の日の午後5時から無料化がはじまり、5日間続けることができます。

こうして紆余曲折を経ながらも無事作品が世にでました。
次回はその後のことを書きます。余裕があれば。

【KDP】電子書籍出版への道・制作編の続き

この度Amazonの電子書籍Kindleにて『ロリコン探偵仁とニック』をリリースいたしました。
個人出版の電子書籍など、ただ出しただけでは売れるわけもありません。
その後のプロモーションが鍵を握るわけです。

今回はまず最初の5日間を無料にしました。前回述べたとおりにそれをやると他サイトで売ることができなくなるので、3ヶ月経ってKDPセレクトの期限が切れたらセレクトを継続せずに他サイトでも販売しようかと思います。楽天KOBOやBOOK★WALKERは自由に0円にできるのでそちらを0円にすればAmazonにも「ずっと無料」にする交渉が出来ます(プライスマッチと言います)。

そしてまずTwitterで告知。 フォロワーさんがリツイートしてくれてありがたかったです。

そして我らが電書ちゃん様のサイト「電書ちゃんねる」に登録です。
電書ちゃんねるは通常販売、無料キャンペーンどちらも紹介してくれます。

次にGoogleに広告を出しました。
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このようなバナーも全部つくりました。クリスタを導入して、絵描きとなったのがここでも生きました。
「審査中」とあるように、グーグル広告は審査にしばし(1営業日)時間が掛かります。
この間にコンビニに行って5000円入金しました。

次にfacebookに広告を。無駄にアカウントを持っているこちらのページにて投稿したこの投稿。

SnapCrab_NoName_2016-4-28_21-53-57_No-00

この投稿の広告を出すというのをやってみたのですが……。
なんやらターゲット層だのなんだのを入力するんですが、これフリーワードを選べなくてfacebook側で用意されたキーワードを選ぶ方式なんですな。たとえば「Amazon Kindle」とかファンタジー、伝奇といった具合にです。この時点でなんか自由度がないなと感じました。当然「ロリコン」なんてキーワードは用意されていないわけで(笑)

ともあれ5000円入っているVプリカも登録し、広告を命じると、やはりこちらも審査がありました。「レビュー」などと呼ばれているのがそれです。通常15分ほどで終わるとあるので、Googleよりははやいです。多分facebookの方は自動なんでしょうね。夜の10時頃でしたし。

そして本当に15分ほどで審査が終わり、「承認されました!」と通知されました。
これで一安心し、次にpixivとニコニコ静画に表紙絵をアップ。もちろんキャプションには無料であることとAmazonのリンクを。「無料」というのが錦の御旗でも背負っているかのような、あるいは水戸黄門の紋所のようであります。
pixivは二日で閲覧60近かったのですが、ニコ静は7だったんでこっちはやめます(笑)
pixivの方にはこれからも一日一、二枚挿絵を貼って宣伝に使いたいと思います。

さてそうしてしばらくしてからfacebookを見てみると「リーチした人数20」とありました。
これは麻雀でテンパったわけでもパチンコで数字が二つそろったわけでもありません。
広告が表示された人数です。広告に反応した人(リンクをクリックなど)の数は0それで「消化金額」が20円とあります。

ハア?(゜Д゜)

GoogleにせよTwitterにせよ広告はリンクをクリックされたら、あるいは詳細表示されたらお金を取られるわけです。facebookは表示されただけで、相手がスルーしても金額が発生するようです。
これは駄目なパティーンでしょうか……。

しかも一度承認されたはずの広告が承認取り消しになっている。
20人というのはその間に表示されたもののようです。
承認されなかった理由はどうやら「画像内のテキストの面積が20%を超えている」というものらしい。
つまり
表紙

この画像の「ロリコン探偵仁とニック 1 竹中越前守樫家 TYPE出版社」という文字の面積が画像全体の20%を超えているからダメだと言うのです。

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それに何の意味があるのかわかりませんが、運営がそう決めてるのだから仕方がない。
仕方なしにAmazonのリンクを貼ると自動で表示されるサムネ画像を出ないようにすると今度はちゃんと承認され、上げて落とす時間差攻撃もありませんでした。

ところが、待てと暮らせどその広告が始まる気配がありません。「間もなくニュースフィードで広告が配信されます」とずっと表示されているのです。リーチ人数も20人のまま。

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この辺でもう小生のイライラは限界近くなり、心折れそうにもなっていたのですが、ググったりあれこれと模索した結果、facebookへの投稿を宣伝するのではなく、直接広告をつくってそれを配信してもらう方法に変えました。
そうしてそれもめでたく承認。
しかしやはりこれもいつまで経っても配信されず、さっきのも同じです。

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これでもうfacebookは諦めました。

次に最後の砦Twitter広告に手を出しました。
こちらも最初に普通にツイートし、ツイートアクティビティを押すと
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こんな画面が出てくるので、「さあ始めましょう」から始めました。
こちらはfacebookと違い「こんな言葉で検索したユーザーに表示する」というのがフリーワードで決められます。
これもfacebook都は別の5000円の入ったVプリカを登録し、広告を出せとポチッとな!

しかしなんのアクションもありません。広告始まったのか? 先ほどのツイートのツイートアクティビティを見ても別に劇的に伸びている気配はありません。
ようやくにして見つけた広告管理画面(どこにあるのかわかりにくい)を見ると、あなたのアカウントはレビュー中です。なる表示が。またレビューです。そしてこれも時間がかかるっぽい。

こうして無料初日が終了。
ダウンロード数は56でした。

そして翌日。この日からニートじゃなくなったので忙しく、もろもろをチェックできたのは午後の7時すぎ。
まず、facebookの広告が開始されていたようで、200超のリーチがあり、いいねをした人が21人ありました。

次にTwitterはアカウントのレビューとやらが終わり無事承認されましたが、広告は始まっていない。
管理画面を見ると「このツイートはレビュー中です」

……

アカウントのレビューの次はツイートのレビューです。アカウントをレビューした意味はあったのでしょうか。
というわけでTwitterの広告、無し!w
通常ツイートじゃなくプロモツイート専門のツイートをつくる方法を発見したのでそちらもやってみましたが、やはり「このツイートはレビュー中です」
こちらだと「カード」というものがつくれます。

さて問題はGoogleです。
審査がどうなったのか……。

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SnapCrab_NoName_2016-4-29_0-7-13_No-00


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Googleはなかなか面白いことを言いますね。
アダルトコンテンツではないものを成人向け扱いするとは。

ぼくはスマホもタブレットもAndroidで、GメールもGoogleドライブもGoogleマップも使っています。
この瞬間にぼくの次回のスマホ、タブレットはiosが決定しました。

テキスト広告は成人向けで承認されているのにバナー広告が審査待ちというのもまるで意味が分かりません。
承認されたテキスト広告も一度も表示されていません。そりゃそうです。設定したキーワードは「kindle 無料」とかアダルトとはまったく関係の無いものですから。

みなさん、Google広告は使えません。
こういうことを書くとこの記事もグーグル検索から弾かれるのでしょうか?

22時43分にpixivに挿絵を投稿。

電書ちゃんさまが小生の宣伝ページや前回記事をツイートして下さって、それで15名様ほどが当ブログにお越しになりました。

そんなわけで二日目のダウンロード数は93でした。
100行きたかったなー……TwitterとGoogleがこんな無能じゃなかったら……。

そして三日目。
午後10時近くに見てみるとGoogleは相変わらずの状況。こいつらはもう駄目です。Google広告はオワコン。
そしてTwitterの方も、
「このツイートはレビュー中です」
もしかして土日は休んでやがるのか……。
ていうかこのままゴールデンウイーク明けるまでこのままなんじゃないのか……。

一方でfacebookの方はいいねが34人分ついておりました。
facebookの方が圧倒的に有能じゃないか……。

しかし三日目のDL数は前日を大きく下回って71でした。

そして四日目の朝見てみるとTwitterのレビューが完了しておりました。
ですが、その広告が一回も表示されておりません。
0です。
この日は仕事が早く終わったので夕方に見てみるとやはり広告開始されていません。
よく見るとキャンペーンが下書きとなっており、編集画面のすごくわかりにくいところに「開始」ボタンがあったのでそれを押したら開始になりました。

それからのTwitter広告の結果ですが、

SnapCrab_NoName_2016-5-1_11-8-38_No-00

インプレッション(表示回数)だけはfacebookよりもはるかに多いです。そのうちのクリック数はご覧の通りですが、そのうちの十分の一くらいしかダウンロードしてもらえないようです。無料なのに……。

facebookの方は予算も尽きたので望むべくもなく、この日のDL数は48でした。

無料期間最終日。Twitterの方も2000円ほどしか予算が残っていないのでインプレッションも少なく、(それでも13000回表示されていましたが)DL数は22で無料期間を終了いたしました。

ち~ん(笑)

終わってみると費用対効果で圧倒的に優秀だったのはfacebookでした。二日目の93という数字はほとんどfacebookのおかげでしょう。表示回数はTwitterより少ないですが、Facebookの方が断然反応が良いのです。同じ予算を使うならfacebook一本に絞って良いかも知れません。Twitterの場合はブロックされるリスクもあります。Twitter広告を始めてから3人にブロックされました。

そしてまあGoogleはゴミ以下でしたね。5000円無駄になりました。
次回があるならYahoo!を試してみようかと思います。

もちろんこれらの結果は自分の今回の事業に関するものなのですべてにおいて同じというわけではありません。


あとpixivですが
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これだけ閲覧数がありましたが、DLにつながったのは二十分の一くらいではないでしょうか。

Kindleにて小説『ロリコン探偵仁とニック』の第一巻を発売いたしました。

表紙


はじめの五日間は無料となっておりますのでバンバンダウンロードしてください。
Kindleは専用端末が無くてもお使いのスマホやタブレットで利用可能です。
無料アプリをインストールしてください。

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文字崩れが起きると言う方はこちらを参考にして明朝体をダウンロードしてフォントを変えてみてください。

 

「あの日見た花の名前を僕たちはまだ知らない」の映画版がドコモアニメストアに来ていたので途中まで観たところで考えてしまったのは、日本古来の死生観と仏教的死生観との齟齬についてである。
仏教伝来前の日本人の死生観は、死者と生者の世界は分かたれておらず、死者は生者とともにあった。
古来の日本人の大多数を占めていた農民は死者の魂は山に集うと考えた。それが決められた時期になると山を下りてきて子孫のもてなしを受け、「田の神」となり、また時期が来ると山へ帰っていき「山の神」となるとした(この場合の「神」はもちろん一神教のGODではなく、精霊と言った方が近い)。これを仏教が取り込んで制度化したのがお盆である。お盆思想と仏教思想が矛盾しているのはこのためである。お盆は本来仏教行事ではないのだ。
お盆になる前、山の神が降りてくるのは田植えの時期である春で、山に帰るのは稲刈りを終えた秋であった。これと密接に結びついているのが実は妖怪の河童なのだが、これはこの際関係ないので省く。

ともかく日本古来の死生観では死者は生者と同じ世界を生き、死者の魂は生者を見守っているのだ。
死ぬと三途の川を渡り閻魔王庁で裁きを受け、六道を輪廻する仏教的死生観とは大きく隔たりがある。

じんたんの元をめんまの霊が訪れ、ぽっぽがそれを信じた。ぽっぽは「めんまはこの世になにか心残りがあって成仏できないのではないか」というようなことを、神仏を拝むように合掌を交えて言った。これにはめんま本人も「わかんないよぉ」と言って戸惑いを見せたわけだが、このシーンに違和感をおぼえたのは小生だけではないと思う。あのように親しかった仲間を神仏のごとくに見なし、自分らとは違う世界に住む異人として扱うぽっぽに引っかかりを感じた人は多いのではないだろうか。
これが日本的死生観と仏教的死生観との齟齬である。現代日本においてはどちらかと言えば後者の方が影響力が強いため、ぽっぽの言動も無理もない。死んでしまっためんまは生者である彼らとは別の存在であり、有り体に言えば「除け者」だ。かつてのめんまが学校ではぼっちであり、超平和バスターズに誘われることでそれが回避されたわけだが、死んだことで再びぼっち化してしまったわけだ。
このシーンに違和感を感じたということは、日本人は完全に仏教的死生観に染まりきっているわけではなく、古来の死生観が原風景として心に根付いているのである。だからこそそこに齟齬が生じるわけだ。

幽霊、とりわけ地縛霊などは仏教思想で考えるから恐ろしいのであって、日本的思想で考えれば居て当たり前、なにも怖いことなどないのである。そういえばオカルト話などでは家族や恋人、友人などの霊に震え上がり怪談とすることもしばしであり、小生も度々疑問に思ってきた。そういった人の霊に会えるのならこんなに嬉しいことはないだろうに・・・。

日本的死生観が素晴らしくて仏教的死生観がダメだと言うのではない。仏教的死生観はインドの厳しい環境だからこそ馴染んだのかもしれない。人が死にやすい環境だから死者との決別に感傷的にならず、別の世界に行ったのだというあきらめをもたらすのが慈悲だったかもしれない。
「あの花」は最終的にめんまの願いを叶えることで満足し、成仏(=彼らの前から消え去った)した(エンジェルビーツにも通じる)。これは仏教的死生観だからこそ成し得た大団円であり、死者が常に共にある日本的死生観では出来なかった。彼らが寺を遊び場にしていたのはそのことの暗喩であろうか(子供の遊び場としては神社の方が自然である)。
こうして見ると日本的思想は生者のための、仏教的思想は死者のための思想、と言えなくもない。
ただし日本の祖霊信仰では、山に集った死者の魂はある一定期間(50年、33年、30年と地方により異なる)を過ぎると個性を失い「祖霊」という単一の存在に合一されるため、これが「成仏」と言えなくもない。昔の平均寿命を考えたらそれくらいの時間が過ぎればその死者を知っている人もいなくなるであろうし、合理的なシステムではある。

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